2011年09月21日
遠い日の思い出「建築との出会い」

小学校の2年生ごろは仙台に住んでいて、父は大工をしていた。割合大きな旅館関係の仕事に関わり、まだ車が一般的でなかった頃、職人さんは工事現場の飯場(ハンバといって仮設の宿泊施設)に寝泊りしていました。ほとんどが大部屋にごろ寝状態、プライバシーなど全くありません。旅館など山の中ですから1ヶ月に一度帰るかどうかです、だから春、夏や冬の休みを利用し母と二人で父の働く飯場住まいの生活でした。
弟が生まれる小学校3年の夏まで続いたように記憶しています。
東山温泉・・飯坂温泉・・福島市内・・郡山市内・・喜多方・・高湯温泉・・等々
遊び場は川での泳ぎや魚釣り、近くにスキー場があるときは毎日スキーです、指導員が生徒を教えているのを見ながら真似して覚えたものです。
一歩山の中に入ればそこは秘密のファンタジーランドです、植物や木々、蝶や昆虫、岩などの様々な形や色、肌触りなど五感に働きかけてくる未知との遭遇です又工事現場はミラクルワンダーランドで、昭和30〜40年代の鉄筋コンクリート造は時間も労力もかかる大事業であり、小幅板を貼って大きな型枠一つ一つを造る手作業でした。
そんな場所をフリーパスで小さな子供がヘルメットをかぶり現場内や現場事務所を縦横無尽
に歩いている
わけですから、今で2011092119553617986.jpgはありえない光景ですね、きっとそんな経験は私だけかも知れません。少しづつ出来上がる建物が面白く不思議な感動を覚えました。
現場の所長さんには小さな仕事を与えられ、何時間も集中してボルトとナットを組み立てる作業をしたり、ああこれがスペーサーといって型枠の定規になるんだとか、私自身も建築を作っている実感がありました。
のどかな温かい家庭的な飯場の生活は私に建築が出来上がるすばらしさを体験させてくれそんな生活はもの心ついた6歳から数年間つづきました。
今思えば幸せな幼少時期のように思い懐かしく感じています。

(写真は東山温泉の川沿いでいまでもそのまま残っています、私が6歳父は28歳でしょうか、母は不詳・・・)


最近父が逝きました。
ガン再発後余命数ヶ月から1年と宣告されましたがちょうど4年目に力つき、泣き言や愚痴を一度も聞いた事なくほめる事もない父親でしたが最後の一日前、骨と皮だけになった父の体をいつも通りさすり、ポカリを飲ませてあげました。
搾り出すような声で「ありがとう」初めて聞いたかも知れない父の言葉でした・・・
建築の道をそれとなく導いたのは父が連れ歩いた工事現場との数々の出会いと思います。(いま考えればバカ親父ですしきっと現場の職人さんは迷惑だったでしょうね、ずいぶんかわいがられましたが・・・)
ありがとう親父・・・ゆっくり休んで魂のふるさとに帰ってください。
もうしばらく私は現世で頑張ってみます。   
 


 
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2011年09月02日
「スタッフ募集」の案内
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現在私どもの事務所ではスタッフを募集してます。
業務は広範囲に及ぶため2級建築士の資格を有する人材を募集いたしております。
建築の実務経験としてCADによる作図及び申請業務や監理等の実務経験者を希望しております。
連絡はメールあるいは電話で代表の吉田まで問い合わせください。
   メール yoshida@yoshida−ad.jp
   電話  024−939−0645 
    担当者(代表) 吉田敏一まで




尚面接希望の場合は職歴や担当した工事、作品などもお持ちくださるようお願いいたします。
建築が好きで様々なチャレンジができ、お客様との積極的なコミュニケーションを楽しみながら創る喜びを糧として頑張れる人を希望します。  


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      事務所外観です(1階駐車場)           1階ミーティングコーナー       作業スペース         中庭から2階のテラス
        ゴルフガブリオレ(全く同じ2台目)         テラスのあるカフェスペースです    天井が高く開放的      2階にもカフェコーナーが
               1階RC+2階在来木造+204工法              アルテックA7でライブハウスにも   音楽が静かに響きます   外部にも流れる音楽
      


 
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